古墳てなんですか?
  
古い時代の土や石を積み上げて後世まで残るようにした特定の人を埋葬したお墓のことです。




  古墳時代とはいつごろをいうのですか?
  
律令制(法律)による統治が行われる以前の弥生時代の後半から統一国家成立までの過程とされています、西暦で言うなら3世紀の中ごろから7世紀または8世紀ごろまでをさします。この築造時期の分類は学術的にも何種類かあります。2分類法(前期と後期)に始まり3分類、4分類、5分類と多種多彩となっています。本ホームページでは発生期、前期、中期、後期と終末期の5分類を行っています。
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  古墳てどんな形をしてますか?
  
いまの時点で確認されている形式は次のようなものが挙げられます。単丘墳は、円墳、方墳、八角墳、六角墳などがあります。複丘墳は、前方後円墳、前方後方墳、双円墳、双方墳、双方中円墳、双方中方墳などがあります。またこれ等の中間的存在としては円墳と方墳の中間的存在として上円下方墳、円墳と前方後円墳との中間的存在である帆立貝式があげられます。
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  どんな埋葬方法がありますか?
  
古墳の古墳たるゆえんは、そこが古い時代の埋葬地であるということです。同じような形態をもっていたとしてもそこに埋葬する意思をこって築造されいないのであれば古墳ではありえないのです。埋葬施設は墳類すると竪穴式石室、横穴式石室、石棺や木棺の直葬に大きく分類されます。
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  築造時期の決め手になっているのはなんですか?
  
いろんな方法がとられています。墳丘自体の立地や形状を判断基準にする方法をはじめ埋葬の方法、一緒に収められていた副葬品などを見る方法あります。副葬品の中には鏡がありこの年代感から決められている場合もあります。また埴輪を研究されている方からは埴輪の製作の方法からを決め手にしている場合もあります。これらの方法の総合判断によって決められているため新しい発見があるととたんに築造時期が変わってしまう場合もあります。また群馬の榛名山付近では榛名山噴火の火山灰がどのように検出されるかも重要な決め手になっています。



  どうして古墳が造られたのですか?
  
造られた経緯は一概には言えませんが私(まったくのアマチュア)としての私見をいうなら初期の頃は民衆がその埋葬された統治者を尊敬と敬愛をもっていつまでも自分たちを守ってくれることを期待して造ったのではないでしょうか。前期の後半から後期初めにかけては統治者が権力の象徴として、より統治を強固にするため造り上げたのではないでしょうか。後期に移ると統治者の権力、権限は安定しますので純粋に埋葬する施設としての古墳に戻るのではないでしょうか。あくまで個人的な見解ですけど



  日本以外に古墳はあるのですか?
  
円墳や方墳にあたるものは中国、朝鮮半島にも存在します。北朝鮮には世界遺産にも登録されている古墳群が存在しています。ただ前方後円墳や前方後方墳というのは今時点では韓国の一部によく似た古墳があるのですがあくまで発祥が日本である事に代わりはないようです。



  誰が古墳に埋葬されているのですか?
  
誰という個人を特定(5割程度の確立で)できている古墳は意外と少なく有名なところでは聖徳太子(本当に実在していたのか確定されていない)を葬ったとされる古墳をはじめ10基(古墳は1基2基と数えます)にもなりません。高崎市の山名にある山の上古墳が墓碑と一緒に発見されておりこの古墳が個人を特定できる最有力な古墳であるといえます。またさきたま風土記の丘公園にある稲荷山古墳も銘文入りの鉄剣が確認されている事から有力視されます。日本で一番目と二番目に大きい大山古墳(仁徳天皇陵)、御廟山古墳(応神天皇陵)はこの天皇の存在自体が疑われているのですから確定的ではありません。



  なぜ古墳が作られなくなったのですか?
  
いくつもの理由があります大化の薄葬令が出されたことなどもありますが、仏教の伝来により権力の象徴として造り上げるもが仏閣にうつったことによるでしょう。また権力者が象徴として大きな古墳を造らなくなると部下にもこれを強制するようになったのが大化の薄葬令に結びついています。そのため時の中央政府(大和朝廷)の力があまり及んでいない地域関東は7世紀の終わりごろまで前方後円墳が造られています




  古墳て日本にいくつぐらいあるのですか?
  
現在このホームページに掲載されている古墳は約7000基ですが、いま手元にある資料だけで10万基ほどになります。これらのうち多くは名称と住所だけで規模も形式もわかりません。序々充実させていく予定です。これらの事を考えると100万基は下らない数の古墳が日本には存在していたと考えられます。いま、この時点でも新しく発見されている古墳、工事などによって破壊されている古墳があります。NTTドコモが(主体部を)破壊した古江古墳などはまだましなほうかもしれません。文化財を守るはずの文化庁や教育機関の公立学校や図書館などをつくるため破壊した古墳は数知れません。最もひどいと思えるのが栃木県のしもつけ風土記の丘の入り口付近にある甲塚古墳です。ここは発掘調査しただけで埋め戻すことなく放置されてしまったため墳丘上部が十字型に堀跡が残ってしまっています、発掘調査した学者や担当者の見識を疑うばかりです。



  古墳の名前はどうのように決められていますか?
  
とくに決められた方法があるわけではありませんが、墳丘の見た目の形態からやその場を聖域とした神社仏閣からまた単に地名からまた出土した副葬品からなどです。見た目の形態などからつけられた名称には二子山、二子塚など二つの墳をもっていること意味したもの、亀塚などその墳丘がそれらの動物と似ていることを意味したもの、石塚など墳丘を覆っている葺石をみて石の山といったもの。稲荷塚、稲荷山、○○神社などここがそれらを祭っていることをあらわしたもの。こうもり塚、蛇塚、狐塚のど開口していた横穴式石室に住んでいる動物などを意味しているもの。金冠塚、金鈴塚、黄金塚などの出土したものをいみしているもの。大塚など付近で一番大きな塚である事など位置関係や規模をあらわしたものなどがあります。



  周濠の形はどんな形をしてますか?
  
いまの時点で確認されている形式は次のようなものが挙げられます。円形、方形、長方形、前方後円形、盾形、馬蹄形などがあります。
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  墳丘の外にある目に見える施設を教えてください
  
すぐ思いつくのが周濠です、墳丘と一体化しているものに造り出し、今あげた周濠、周堀、土塁などがありそれ以外に葺き石や埴輪などが墳丘を装飾するものとしてあげられます。これらのうち周濠、周堀は現在でも明確に残っているものもあります。葺き石は墳丘に近づいてよくみると不自然にこぶし大から人頭大の石を見ることができます。ただ埴輪だけはすでに破壊されたり持ち去られたりで、復元や整備した古墳にしか見られません。
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  古墳を見学するときの留意点にはどのような点がありますか?
  
まず、汚したり壊さないことが第一に挙げられます。壊してしまったらもとには戻りません、自然に崩壊していくのは止むを得ないと思いますが、人為的に破壊されるのはよろしくないことです。また汚す、ゴミを捨てるとその後からどんどん捨てられてゴミ捨て場になってしまいます。せっかくの文化遺産ですからよりよい状態を保つようにしてください。整備されている古墳以外はほとんど個人所有の土地にあります、所有者がわからないときでも近隣の人に挨拶をしましょう。



  どのような古墳がおすすめですか?
  
まず、大きすぎないことが挙げられます。なぜならあまりに巨大だと全体像がはっきりつかめません。ただ大きいという印象しか残らないと思います、規模的にいうなら60mから100mぐらいの中小型の古墳がよいでしょう。また初めてなら整備されている古墳の方がよいでしょう、場所ははっきりしているしトイレや展示施設も近くにあり安心しておられます。何回か見て回ったのならすこし視点をかえて特徴ある古墳に挑戦して行くのもよいでしょう。このあたりから地図はない古墳にでくわします、また個人の所有の土地にある場合がおおく挨拶には注意しましょう。当然のごとく駐車場は完備していませんので違法駐車や近隣の迷惑とならないようにする必要があります。









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